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MUSIC LAND -私の庭の花たち-

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「メビウスの輪」19


夏の海

幸恵の治療は、桜井先生に任せるしかない。

俺は遠くから見守ってるしかないのだろうか?

少しでも力になりたかったのに。

でも、少しホッとしてるのも確かだ。

幸恵を愛してはいるが、

いろんな人格ごと受け止められるかどうか分からない。

これからもまだ他の人格が出てくるかもしれないし。

俺自身、精神状態が安定してるとは言えない。

アル中で肝疾患の父親と共依存の母親と姉を抱えて、

俺もアダルトチルドレンかと思ってるくらいだから。

幸恵も自分がアダルトチルドレンだと言ってたが、

そんなものじゃすまなかったな。

俺も大丈夫なんだろうか。

不安になってきてしまう。

俺こそ、カウンセリングを受けたいくらいだよ。

幸恵と共倒れになってもいけない。

まずは自分自身をしっかり立て直さないと。

仕事をきちんとして、幸恵の父親にも認められたい。

でも、あんな状態では結婚もおぼつかないかもしれないな。

かと言って、幸恵を見捨てる気にもなれない。

同情というより、他人事とは思えないのだ。

待つしかないのだろうか。

経過が良くなれば、桜井先生が教えてくれると言っていた。

それまで逢うなというのはきついけど、

何も出来ないのなら、逢わない方がいいのか。

どれくらいかかるんだろうな。

また、千倉の海に行きたいような気になる。

幸恵との思い出が溢れてる。

いい思い出や、悪い思い出さえも懐かしくなる。

一人で行くのもいいかもしれないな。

少し気分転換に行ってこようか。

でも、幸恵を思い出して、かえって哀しくなるかもしれない。

かといって、うちに居ても同じだからな。

今度は電車でのんびり行くか。

一人だったら、歩いてもいいからな。

思い立ったら、今度の週末にでも行こう。

いるかライン

 千倉の浜辺に一人たたずんでると、

やはり寂しい気分になってくる。

幸恵を思い出さないわけにもいかず、

自分で自分の首を絞めてるか。

でも、忘れようとするとかえって思い出すから、

思い続けてるほうがいいのかもしれない。

だんだんセピア色になってくるのだろうか。

このまま離れてしまうのか。

自分の気持ちに自信が持てない。

いつまで待てるのだろうか。

俺は自分のために、幸恵を必要としてきたのか。

俺専用のカウンセラーとして、

話を聞いてもらっていただけかもしれない。

いろいろ家庭の事情など話して、

癒されてきたのは事実だ。

幸恵の話も聞いてきた。

お互い傷を舐めあってきただけなのか。

幸恵の傷は思ったより深かったらしい。

精神のバランスを崩して、

俺の手に負えなくなったら、

手を離してしまった。

医者とはいえ、他人に委ねてしまったのだ。

でも、今はこうするより仕方ないよな。

自分で自分に言い聞かせる。

そんなことを考えながら、時は過ぎていく。

いつの間に、海も赤く染まってきた。

なんか、前に幸恵を追いかけてきたときを思い出す。

気のせいか、似たような女性が居る。

まさか幸恵がここに居るわけがない。

念のため、近づいてみると、

白いワンピースまで同じだ。

背中から近づいて、前に回って振り向いてみた。

「幸恵!」

顔を見て、思わず叫んでしまった。

「どなたですか?」

冷静に答える女性は、たぶん先日逢った人格だろう。

「以前、お会いしましたよね。

恋人を探していた者です。」

彼女に合わせて答える。

「ああ、私に似た恋人でしたわね。

見つかったのですか?」

覚えてるくせに、

しれっとした顔で言うものだから、

少し頭に来るな。

「見つかりましたが、

また行方不明になってしまったのです。」

つい嫌味を言ってしまった。

「あなたから逃げてらっしゃるのではないですか?」

上品な雰囲気だが、言葉は辛らつだ。

「ずいぶんきついことを言うんですね。」

「思ったことを申し上げたまでですわ。」

つんとした態度が、やはり幸恵とは違う。

「そうですか。それではまた伺いたいのですが、

似た女性を見かけませんでしたか?」

「いいえ、見かけませんわ。」

「失礼しました。」

この女性と話してると、

神経を逆撫でされるようでイライラする。

幸恵には癒されるような雰囲気があったのに。

さっさと離れようとすると、

「お待ちになってください。」

と引き止められてしまった。

「何のご用ですか?」

つい冷たく言い放つ。

「気分を害されたのなら申し訳ありません。

一緒にお探ししましょうか?」

急に下手に出てくるので、気持ち悪いな。

「いいえ、結構です。

一人でも探せますから。」

素っ気無く断った。

もう既に見つけているのだ。

「そうですか。その恋人にお会いしたかったです・・・」

声音も消え入りそうになる。

さっきまでの高飛車な態度はどこに行ったのだ。

理解しにくい人格だ。

「そこまでおっしゃるなら、

一緒に探していただけますか?」

こっちまで低姿勢になってしまう。

「喜んで!」

うつむいてた顔を上げ、パッと明るく微笑む。

可愛い・・・

そりゃ幸恵なのだから当然だけど。

「こちらこそ、お願いします。」

なんだか嬉しくなってきた。

これは案外、幸恵に近い人格かもしれない。

それなら、統合するのも難しくないかも。

先日のインナーチャイルドのような童女も

カウンセリングで悩みを聞いてもらえば、

消えるかもしれないぞ。

希望的観測かもしれないが。

幸恵と一緒に居られるのなら、

別人格でも構わない。

そう思ってしまうのだ。

「どうかしまして?」

話しかけられて、我に帰った。

上目遣いに見つめられるとドキっとする。

「失礼しました。

どこを探していいのか見当もつかなくて。」

あたふたしてる自分が恥ずかしい。

「先日はどこで見つけられたのですか?」

自分のことを無邪気に尋ねる幸恵も不思議な感じだ。

「海岸です。あれからしばらくして見つかったのです。」

「そうなのですか。私はお見かけしなかったけど。」

自分で自分は探せないだろう。

「ところで、お名前は優美さんでしたっけ?」

「よく覚えていらっしゃいますね。」

驚いて、目を見開いてる。

恋人の別名は忘れないよ。

「印象的だったものですから。」

穏やかに笑って見せた。

やっと優位に立てたかな。

「嬉しいですわ。私も実は覚えていましたの。」

やっぱりそうだよな。

「それは有難いです。」

「そういえば、千倉へはよくいらっしゃるのですか?」

「彼女と何度か来ただけです。」

「そうですか。私は千倉に別荘があるので、

時々来るのです。ここの海が好きなのですよね。」

そんなことは初めて聞いた。

いくつも別荘があるとは知ってたが、

千倉にもあるとは。

では、なぜ以前来たとき、

「千倉は初めてだ」と幸恵は言ってたのか。

連れてきた俺に気を遣っていたのかな。

考え込んでしまった俺を心配そうに覗き込む優美。

「良かったら、別荘にいらっしゃいますか?」

「いいえ、そんなことは出来ません。」

きっぱり断った。

「でも、お具合よろしくないんじゃなくて?

お疲れなのですよ、きっと。」

優しくされると、崩れそうになる。

「お申し出はありがたいですが、

もう少し探してみます。」

意を決して歩き出したが、

なぜか足元がふらついた。

どうしたというのだろう。

「大丈夫ですか?

少し休まれてから、また探されたらどうですか?」

そっと腕を支えながら、耳元でささやく。

気持ちが揺れてしまう。

「ありがとうございます。

それではお言葉に甘えて、

少しだけ休ませてください。」

「良かった。あそこですの。」

小高い丘の上に立つ白亜の建物を指差した。

夕焼けに染まりそうで染まらず、白が映えている。

「車を呼びましょうね。」

携帯でタクシーを呼んだ。

見覚えのある携帯。

やはり幸恵なのだ。

優実は携帯を疑問に思わないのだろうか。

携帯をじっと見ている俺を不審そうに見るので、

目をそらしてしまった。

「もうすぐ来てくれるそうです。

通りまで出ましょうね。

行けますか?」

労わる姿がまるで母親のようだ。

「大丈夫です。」

通りに出て、タクシーに乗った。

坂道を登っていくと、海が眼下に広がった。

「着きましたよ。さあどうぞ。」

優美に連れられて、別荘にお邪魔した。

思ったより古い内装だ。

いつ頃建てたものだろう。

壁紙に染みがあるような気がする。

昔の模様なのかもしれないが、

照明もシャンデリアの割には暗くてよく見えない。

「古くてお恥ずかしいけど、

祖父が建てたものをそのままにしてるのです。」

「風情があっていいですよ。」

「かえって落ち着きますでしょ。」

優雅に微笑む姿は、貴婦人のようだ。

うっとり眺めていると、恥ずかしげに身をくねらす。

「そんなに見つめてはイヤですわ。」

頬を赤らめて、はにかんでしまった。

「どうぞ、こちらの長いすに横になってください。」

猫足のソファなど、年代物かな。

「それでは、遠慮なく休ませていただきます。」

横になると本当に眠くなってきてしまった。

「何か掛けるものをお持ちしますわ。」

二階に上がる優美の後姿が段々遠くなる。

いつの間にか寝てしまったようだ。

気がつくと、隣の長いすで、

優美まで、まどろんでいた。

寝顔は幸恵そのものだ。

起きたらまた戻るのだろうか。

このまま寝かせておきたいような気もする。

俺はどちらが好きなのか。

病気に悩む幸恵は支えきれないと感じるときがある。

そんなことを考えず、かえって俺を労わってくれる

優美と居たほうが気楽なのだ。

やはり俺は自分のために幸恵を愛してるのだろうか。

起こしたくない気持ちと戦っているうちに、

優美が目を覚ましてしまった。

いや、もう幸恵に戻ってるのだろうか?

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